J Am Heart Assoc. 2025 May 20;14(10):e040641.
Yuan N, Hong GJ, Vrudhula A, Kwan AC, Duffy G, Botting P, Dhruva SS, Siegel RJ, Ouyang D.
心房細動(AF)において、一時的に左室駆出率(LVEF)が低下し、その後洞調律へ復帰することで回復する現象は、日常診療でしばしば経験されます。しかし、この一時的なLVEF低下が真の心機能障害なのか、あるいはAF特有の拍動ごとの変動による測定誤差なのかは明確ではありません。本研究では、人工知能(AI)を用いてAF中のLVEF低下の実態と、その予後的意義を検証しました。
本研究は、大規模アカデミックセンターにおける2014年から2021年までのAF患者を対象に、AF時と洞調律時それぞれの心エコー所見を解析した後方視的研究です。対象は810例であり、うち56.7%がAF時にLVEF低下を認めず、8.8%がAF時のLVEF低下から回復した一過性低下群、34.6%が持続的なLVEF低下群に分類されました。
一過性低下群では、平均19.5%のLVEF改善を認め、AIによる再評価では更に8.2%のLVEF上昇が確認されました。このAI再評価により、一過性低下と診断された患者のうち約28%が「実はLVEF低下なし」と再分類され、これらの患者は1年以内の心不全入院リスクが低いことが示されました。一方、AIが真に一過性LVEF低下と判断した患者群は、LVEF低下なし群と比較して心不全入院リスクが約2倍に増加しており、重要なハイリスク集団である可能性が示唆されました。
AF時のLVEF評価は、ガイドライン上では複数拍動の平均化が推奨されているものの、実臨床では単拍動評価が行われていることが多く、測定誤差の温床となっています。本研究では、AIを用いることで多拍動解析が容易となり、測定精度が大幅に向上することが実証されました。
さらに、誤って「LVEF低下あり」と診断された患者に対して、不必要な心不全治療が開始されている現状も明らかになりました。一部の患者では虚血精査やガイドライン準拠薬物療法が導入されており、AIの活用はこのような過剰診療を防ぐ上でも有益と考えられます。
本研究の重要な知見は、AF中の一過性LVEF低下が単なる測定誤差である場合と、真の心機能低下を反映している場合があるということ、そしてAIを用いることでその鑑別が可能である点です。AIで「真の一過性低下」と診断された患者は、将来の心不全入院リスクが高く、早期のリズムコントロールや心不全治療の介入を検討すべき対象となる可能性があります。
一方、AIにより誤診が否定された患者においては、不必要な診断や治療を回避でき、患者負担や医療資源の最適化にもつながります。
なお、本研究は単施設の後方視的解析であり、対象患者がやや重症群に偏っている可能性、AFから洞調律への転換時期が必ずしも正確に把握できていないこと、AIモデルが特定条件下で学習されていることなど、一定の限界も存在します。今後、前向き研究や多施設共同研究により、更なる検証が必要です。
結論として、AF中のLVEF低下評価においてAIの活用は、誤診防止とリスク層別化を同時に実現する有効な手段となり得ます。特に、AIにより真に一過性のLVEF低下と診断された患者は、心不全発症の高リスク集団であり、早期介入を考慮する価値があると考えられます。
発表 森永先生 文責 吉岡