抄読会:HFpEFにおける超音波心エコー図を用いた拡張機能分類の有用性 

論文タイトル(英語): Echocardiographic Diastolic Function Grading in HFpEF: Testing the Updated 2025 ASE Criteria

JACC VOL. 87, NO. 10, 2026 MARCH 17, 2026:1261–1275 

筆頭著者(First Author): Harada, T.

2026年に発表された原田医師らによる研究論文「HFpEFにおける超音波心エコー図を用いた拡張機能分類:改訂された2025年ASE基準の検証(Echocardiographic Diastolic Function Grading in HFpEF: Testing the Updated 2025 ASE Criteria)」についてご紹介します。

1. 背景と目的

射出率の保たれた心不全(HFpEF:ヘフペフ)は、労作時の息切れを引き起こす一般的な疾患ですが、初期段階などでは見逃されることが少なくありません 。診断において、心臓の超音波(心エコー)検査は左室拡張機能障害の評価や左室充満圧(LVFP)を推定するための極めて重要なツールです 

米国超音波医学会(ASE)は、2025年に拡張機能分類の新しいアルゴリズムを提案しました 。この基準では、「拡張機能正常」または「グレード1の拡張機能障害」と判定された場合、安静時の左室充満圧は正常であるとみなされます 。そして、息切れを訴える患者がグレード1と判定された場合には運動負荷心エコー(ESE)の実施を推奨し、正常と判定された場合はHFpEFを完全に除外できるとしています 。しかし、このアルゴリズムは、カテーテルを用いた侵襲的な運動負荷血行動態検査を受けた外来患者や、入院を要した心不全患者の臨床データにおいて、その精度が十分に検証されていませんでした 

本研究の目的は、侵襲的検査で確定診断されたHFpEF患者を対象に、2025年ASEアルゴリズムの偽陰性率を明らかにし、急性増悪期と代償期(症状が落ち着いた状態)での判定グレードの変動を評価することです 

2. 研究方法

研究グループは、以下の心不全(HFpEF)患者コホートを対象に、2025年ASEアルゴリズムを後ろ向きに適用して解析を行いました 

  1. 外来・代償期コホート(756名): 米国メイヨークリニックにて、原因不明の息切れに対して安静時および運動負荷時のカテーテル検査(PAWP:肺動脈楔入圧の測定)を受け、HFpEFと確定診断された外来患者 。このうち332名は、カテーテル検査と同時に心エコーを施行されています 。また、国内外の複数施設(群馬大学、オーストラリア、オランダ、ベルギー)の134名を外部検証コホートとしました 。
  2. 入院・急性増悪期コホート(88名): 急性心不全で入院し、利尿薬による治療を受けた患者 。入院時(増悪期)と退院後の外来(代償期)の2回、心エコーが実施されました 。

診断の正確性を比較するため、心臓に原因のない息切れ患者(非心原性呼吸困難:NCD)を対照群として設定し、既存のHFpEF診断スコア(HFA-PEFFスコアやH₂FPEFスコアなど)との識別能の比較や、予後(総死亡・心不全入院)との関連性についても評価しました 

3. 研究結果

① 外来患者における高い偽陰性率

カテーテル検査でHFpEFと証明されている外来患者756名に2025年ASE基準を当てはめたところ、なんと32.8%が「正常(拡張機能正常)」、34.8%が「グレード1(軽度)」と判定されました 。つまり、全体の約3分の2(67.6%)が、心エコー上は充満圧が上がっていない(正常または軽度)と見なされてしまう結果となりました 。 さらに驚くべきことに、この「正常」または「グレード1」とラベルされた患者の60%以上において、侵襲的カテーテル検査では実際には安静時PAWPが15 mmHg以上に上昇していました 

② 運動負荷心エコー(ESE)の感度不足

ガイドラインでは、息切れがあり「グレード1」と判定された患者には運動負荷心エコー(ESE)を行い、運動時の指標(E/e’比、三尖弁閉鎖不全血流速度:TRV)の上昇を確認して診断することになっています 。 しかし、カテーテルと同時に運動負荷心エコーを施行したグレード1のHFpEF患者116名のうち、このASEが推奨する負荷基準をすべて満たしたのはわずか9.5%(11名)にとどまりました 。結果として、負荷試験を行っても90.5%が偽陰性(見落とし)となることが判明しました 

③ うっ血状態による診断グレードの流動性

入院患者88名の解析では、急性増悪(入院時)には全体の72.7%が「グレード2または3」の進行した拡張機能障害と判定されていました 。しかし、治療によりうっ血が改善し代償期(外来)になると、同じ患者であるにもかかわらず51.1%が「正常」または「グレード1」へと判定が変化しました 。心エコーによる拡張機能の評価結果は、患者のその時の体液量(うっ血の度合い)によって大きく変動してしまうダイナミックな性質があることが示されました 

④ 識別能と予後の評価

2025年ASE基準による非心原性呼吸困難(NCD)との識別能をROC曲線(AUC)で評価したところ、0.61と非常に低い値であり、診断ツールとしての精度は不十分でした 。一方で、この新基準で「正常」や「グレード1」と判定されてしまった見落としリスクのあるHFpEF患者であっても、対照群(NCD)と比較すると、総死亡または心不全入院のリスクが5.37倍も高いことが確認されました 

4. 結論

本研究は、2025年に改訂されたASEの拡張機能評価アルゴリズムが、実際のHFpEF患者において極めて高い偽陰性率を示すことを実証しました 。特に、外来の安定した患者では「正常」や「軽度(グレード1)」と判定されやすく、推奨されている運動負荷心エコーの基準を用いても大半の症例を見落としてしまう危険性があります 

心エコー図検査は心不全の評価に不可欠な検査であり続けるものの、単一の拡張機能分類アルゴリズムのみを根拠に「正常だから心不全ではない」と疾患を除外(ルールアウト)することは不適切です 。今後は、検査前の臨床的な不顕性確率や、総合的なHFpEF専用の診断スコア(H₂FPEFなど)といった、証拠に基づいた多角的なフレームワークの中でこれらの指標を解釈していく必要があると結論づけられています 

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